10月13日 上弦

雲一つない南の空に見事な弓月が輝いています。

沖縄に来て3年半が経ちました。
沖縄に来る前は東京にも3年半滞在していました。東京では上野が大好きで、特にガード下のアメ横の何とも言えない雰囲気を好んでいました。

尊敬する人の一人に阿佐田哲也と言う方がいます。
半分は創作上の人物であり、半分は実在する人物でもある、この「坊や哲」と呼ばれた方は戦後の上野を舞台に、賭博の世界を哲学的に生き抜いた方でした。

この方の言葉に下記のようなものがあります。

「自分はどういうふうに生きたいのか」


この設問は大げさなばかりでなく、具体的な答えを出しにくいんだな。あまりに範囲が広すぎるし、すべて自分の思いどおりに行くものじゃないということも承知しているしね。

自分はこういう生き方だけはしたくない。この方が、具体的な答えを、はるかに出しやすい。それでいくつかの答えを出して、消去していくんだ。

そうするとね、次第に範囲がせばまっていって、すこしずつ、軸になるべきものが見えてきたりする。


私はよく自分はどう在りたいのかと自問自答します。

その答えが朧(おぼろ)げであることはしょっちゅうです。


しかし、阿佐田哲也さんのこの言葉を見た時に、自分が絶対に嫌だと思う自分の在り方、生き方が内側から叫び声のように聞こえた感覚がありました。自分にとってはとてもありがたい教えとなりました。


戦後、どう生き抜いたのかという話は亡くなった父からもよく聞かされていました。列車の貨物からミルク缶を盗んだ、体に紐と磁石を括り付けて地面に落ちているわずかな鉄を集めお金にした、喧嘩してブタ箱(留置所)に放り込まれたなど。不謹慎ではありましたが、生と全力で向き合っているその情景にいつもワクワクしていました。


人は死後転生することができます。自分の成長環境に相応しいのであれば、過去の時代にも転生できることは天から教えていただきました。私は過去生の記憶をすべて取り戻しています。ミッションミッションばかりの人生でした。

次の生では昭和の戦後に生まれ、一度ぐらいは自由に破天荒に生きてみたいといつも夢見ています。